日本インプロアーツでは、この広い歴史を理解するための「三つの主要な源流」として、ヴァイオラ・スポーリン、デル・クローズ、キース・ジョンストンを位置づけています。三人はそれぞれ異なる背景と問題意識から実践を育て、現在のインプロに大きな影響を残しました。
スポーリンのシアターゲームは、ポール・シルズらを通じてCompass PlayersやSecond Cityへつながり、アメリカの現代インプロの重要な土台になりました。デル・クローズは、そのアメリカの即興コメディの歴史の中で、即興そのものを舞台芸術として追究し、Haroldやロングフォームの発展、ImprovOlympic/iOでの教育へ大きな影響を与えました。キース・ジョンストンは、イギリスとカナダを中心に、人と人の関係の中で変化する立場や力関係(Status)、Spontaneity、物語、Theatresports™などを含む別の大きな系譜を発展させました。
現代インプロには、この三人以外にも重要な人物や系譜があります。その中でも、ヴァイオラ・スポーリン、デル・クローズ、キース・ジョンストンは、海外の書籍や実践でも20世紀のインプロを形づくった主要な先駆者として繰り返し取り上げられてきました。日本インプロアーツでは、この三人を、現代インプロを理解する「三つの主要な源流」として位置づけ、本サイトでは「三大源流」と呼びます。
インプロの歴史を見るときのポイント
即興的に演じること自体には、現代のインプロよりもずっと長い歴史があります。ヨーロッパのコメディア・デラルテをはじめ、台本を完全に固定しない演劇、俳優の即興を含む上演、その場で生まれる音楽や語りなど、人間はさまざまな文化の中で「その場でつくる」ことを行ってきました。
現在のインプロがどのように形づくられたのかを知るには、20世紀に実際に生まれた人と人のつながり、劇場や学校、上演形式、そこで育った考え方をたどる必要があります。
その際、人物、団体・劇場・学校、上演形式、考え方や技術を分けて見ると関係がつかみやすくなります。たとえばヴァイオラ・スポーリンは人物、Second Cityは劇場・カンパニー、HaroldやTheatresports™は上演形式です。何に注意を向けるかを示すFocusや、グループ全体が一つのまとまりとして働く感覚を示すGroup Mindなども、それぞれの系譜で実践を考えるために育ってきた言葉です。
誰が、どこで、何を試し、誰がそれを受け取り、どのような舞台や教育へ発展させたのか。その関係をたどることで、現在「インプロ」と一括して呼ばれているものの中に、異なる歴史と美学があることが見えてきます。
現代インプロを理解する三つの主要な源流
ヴァイオラ・スポーリン――ゲームと体験から学ぶ
ヴァイオラ・スポーリン(Viola Spolin)は、シアターゲーム(Theater Games)を体系化した人物です。遊びを通して学ぶことを重視したネヴァ・ボイド(Neva Boyd)のもとで学び、シカゴで子どもや移民を含む人々との演劇活動や俳優訓練に取り組む中から、ゲームを使った独自の方法を発展させました。
スポーリンのゲームでは、参加者が具体的な課題に取り組みながら、身体、空間、相手、その場で実際に起きていることへ注意を向け、自分で発見していくことが重視されます。こうした実践は俳優訓練や演劇教育に大きな影響を与え、息子のポール・シルズを通して舞台上の即興へもつながっていきました。
詳しい人物像、シアターゲーム、注意を向ける具体的な対象としてのFocus、実践中に指導者が短い言葉を投げかけるSide Coachingなどは、「ヴァイオラ・スポーリンとは」の人物ページと関連する専門記事で扱います。
デル・クローズ――即興そのものを舞台芸術として追究する
デル・クローズ(Del Close)は、アメリカの即興コメディ、とりわけロングフォーム・インプロの発展に大きな影響を与えた俳優、演出家、教師です。Compass、Second City、The Committeeなどで活動し、後にはチャーナ・ハルパーン(Charna Halpern)とImprovOlympicで協働しました。
クローズは、即興から生まれた人物、場面、関係、言葉、動き、テーマや連想を長い時間の中で育て、即興そのものを独立した舞台芸術として成立させることを追究しました。その探究が、Haroldやロングフォームの発展、iOの教育と上演へつながっていきます。
クローズとハルパーン、キム・ハワード・ジョンソンによる『Truth in Comedy』は、Harold、アンサンブル、Group Mind、「truth」を重視する即興観などを後世へ伝えた重要な文献です。ハルパーンの『Art by Committee』にも、クローズとの実践や「Theater of the Heart」を含む記録が残されています。これらは「デル・クローズとは」の人物ページと専門クラスターで、原典の文脈に沿ってさらに詳しく扱います。
キース・ジョンストン――自発性・ステータス・物語を探究する
キース・ジョンストン(Keith Johnstone)は、イギリスとカナダを中心に、シカゴ系とは別の経路で即興演劇を発展させた演出家、教師、劇作家です。Royal Court Theatreで俳優や劇作家と仕事をする中から、俳優が自意識や評価への意識によって動きにくくなること、人と人とのStatusが絶えず変化すること、物語がどのように進み、止まるのかといった問題を探究しました。
1967年にはTheatre Machineを創設し、その後カナダへ移ってLoose Moose Theatre Companyの共同創設者・芸術監督として活動しました。Theatresports™をはじめ、Gorilla Theatre™、Maestro Impro™、Life Gameなど、観客との関係や上演条件そのものを仕掛けにした形式も生み出しています。
著書『Impro』『Impro for Storytellers』には、StatusやSpontaneity、物語(Narrative)、物語を進める/止める行動、観客との関係などが、実例やゲームとともに記されています。詳しい人物像と個々の概念・著作は、「キース・ジョンストンとは」とその専門クラスターで扱います。
アメリカの現代インプロが形成されていく流れ
三人のうち、スポーリンとデル・クローズは、アメリカの現代インプロが形成されていく歴史の中で重要な関係線を持っています。スポーリンからポール・シルズへ渡ったシアターゲームが舞台上の即興へ展開し、その劇場文化の中でクローズが別の方向へ即興を深めていった、と見ると流れが分かりやすくなります。
スポーリンからポール・シルズ、Compass Playersへ
スポーリンの息子ポール・シルズ(Paul Sills)は、母が発展させたゲームを俳優たちとの仕事へ持ち込みました。1953年にはデイヴィッド・シェパード(David Shepherd)、ユージン・トルーブニック(Eugene Troobnick)らとPlaywrights Theatre Clubを開き、その後Compass Playersの形成へ進みます。
Compass Playersは1950年代半ばのシカゴで、即興を使った舞台を展開しました。マイク・ニコルズやエレイン・メイをはじめ、後のアメリカ演劇・コメディで大きく活躍する人々も参加しています。ここでは、即興は俳優訓練だけでなく、観客の前で演じ、作品を生み出すための方法として育っていきました。
1959年には、ポール・シルズ、バーニー・サーリンズ、ハワード・アルクによってSecond Cityが開場します。Second Cityはスポーリンのゲームとシルズの即興実践を重要な基盤として発展し、即興そのものの上演だけでなく、即興からスケッチやレヴューを生み出す創作の場にもなりました。
デル・クローズからThe Committee、Harold、iOへ
デル・クローズもこのアメリカの即興コメディの歴史の中で活動しました。St. LouisのCompassで活動した後、1961年にSecond Cityへ参加し、俳優、作家、演出家として関わります。その後サンフランシスコのThe Committeeで活動し、長い即興形式Haroldの発展に深く関わりました。
クローズは、一つの提案や場面から生まれたものを別の場面や人物、テーマと響き合わせながら、アンサンブル全体でより大きな作品へ育てていくことを追究しました。そうした探究の中で、ロングフォームは独自の舞台表現として深められていきます。
この流れを次の世代へ伝えるうえで大きな役割を果たしたのがチャーナ・ハルパーンです。ImprovOlympicはもともと、デイヴィッド・シェパードがスポーリンのシアターゲームを使い、複数の即興チームが競う場として構想したものでした。ハルパーンはその活動に関わった後、運営と名称を引き継ぎ、デル・クローズを教師として招きます。
iOの公式史では、クローズ、ハルパーン、シェパードを長い即興の創造と発展に重要な役割を果たした人物として位置づけ、短いゲーム中心だった即興を、より深く表現的な舞台芸術へ高めようとした歴史を伝えています。ここには、スポーリン、シルズ、シェパード、クローズ、ハルパーンという異なる人物の仕事が交差しています。
キース・ジョンストン――イギリス・カナダで並行して発展した系譜
アメリカでスポーリン、シルズ、シェパード、クローズらの実践が進んでいた頃、イギリスではキース・ジョンストンが別の方向から即興演劇を発展させていました。
ジョンストンはRoyal Court Theatreで俳優や劇作家と仕事をする中で、俳優が上手くやろうとして身構えること、評価への意識によって反応が小さくなること、人と人とのStatusが絶えず変化していること、物語が進む条件などに注目しました。そこから、SpontaneityやStatus、Narrativeをめぐる独自の訓練と考え方を発展させます。
1967年に創設したTheatre Machineは、即興演劇を上演する集団としてヨーロッパや北米を巡りました。カナダへ移った後、ジョンストンは1977年からLoose Moose Theatre Companyの共同創設者・芸術監督として活動し、Theatresports™をはじめとする複数の上演形式を発展させました。
ジョンストンの系譜は、スポーリンからSecond City、デル・クローズへと続くシカゴの歴史とは別の環境で並行して育った大きな流れです。現代のインプロを理解するとき、この二つの歴史を同時に見ることで、同じ「インプロ」という言葉の中に複数の美学や方法があることが見えやすくなります。
源流をつなぎ、広げた重要人物
三つの主要な源流は、それぞれ一人の人物だけによって広がったわけではありません。共同実践者、劇場やカンパニーをつくった人々、次の世代へ教え伝えた実践者によって、それぞれの仕事が受け継がれ、変化しながら広がってきました。
シカゴ系の形成と発展をつないだ人物
ポール・シルズ
スポーリンのシアターゲームを俳優との創作へ持ち込み、Playwrights Theatre Club、Compass Players、Second Cityへ展開した中心人物です。スポーリンの演劇教育と、アメリカの舞台上の即興をつなぐ重要な位置にいます。
デイヴィッド・シェパード
ポール・シルズらとCompassの成立に関わり、即興を使った新しい舞台の場をつくりました。その後はImprovOlympicを構想し、スポーリンのゲームを使った競技型の即興にも取り組みます。Second Cityの共同創設者ではありませんが、その前史と後のImprovOlympicをつなぐ人物です。
チャーナ・ハルパーン
デイヴィッド・シェパードのImprovOlympicに関わり、後にその運営を引き継ぎました。デル・クローズと長く協働し、iOをロングフォームの教育・上演拠点として発展させます。『Truth in Comedy』『Art by Committee』などの書籍を通して、クローズとの実践を文章として次の世代へ渡した人物でもあります。
キース・ジョンストンの仕事を次の世代へつないだ実践者
パティ・スタイルズ
Loose Mooseでキース・ジョンストンから訓練を受け、その後、俳優、即興演者、演出家、教師として国際的に活動してきました。ジョンストンの仕事を受け継ぎながら、自身の発見と経験を重ね、世界各地の実践へつないでいる人物の一人です。
人、場、形式、考え方が重なってインプロは広がった
インプロの歴史は、人物だけではなく、その実践を続けられる「場」によってつくられてきました。Compass PlayersやSecond Cityはアメリカの即興コメディが舞台文化として育つ重要な場となり、The Committeeはデル・クローズとHaroldの発展、ImprovOlympic/iOはロングフォームの教育と上演、Loose Mooseはキース・ジョンストンのゲームや上演形式の継承と発展に大きな役割を果たしました。
また、Theater Games、Harold、Theatresports™は、それぞれ役割の異なる実践・形式です。Theater Gamesはスポーリンが体系化した演劇訓練・学習の実践、Haroldは複数の場面や発想を長い構造の中で育てるロングフォームの代表的な形式、Theatresports™はスポーツの外形を使い、観客との関係を含めて即興を上演するショー形式です。
さらに、それぞれの系譜では、何に注意を向けるか、相手や場面とどう関わるかを考えるための言葉も育ちました。スポーリンのFocus、ジョンストンのStatusやSpontaneity、デル・クローズ/iO周辺で語られてきたGroup Mindなどです。それぞれの歴史と実践の中で読むことで、こうした言葉が何を捉えようとしてきたのかが見えやすくなります。
この先の人物、団体、劇場、形式、概念、技術の広がりは、今後「海外インプロ系譜マップ」で横断的に整理します。
日本へどのように入ってきたのか
日本にも、即興を使った演劇や俳優訓練そのものは以前から存在していました。現在カタカナで「インプロ」と呼ばれている実践の導入史を考えると、1990年代は大きな節目です。
日本のインプロ導入史を扱った研究では、1994年に株式会社ユナイテッド・パフォーマーズ・スタジオ(UPS)がリン・ピアス(Lyn Pierse)によるTheatresports™のワークショップと公演を主催したことを、日本における組織的なインプロ導入の重要な起点として整理しています。UPSは同年にTheatresports™の上演ライセンスも取得しています。
この時期に前面に出ていたのは、インプロという巨大な領域全体を一度に紹介することより、Theatresports™という具体的な上演形式でした。その後、日本の実践者が海外で学んだり、異なる海外講師や書籍から学んだりする中で、キース・ジョンストンの方法、シカゴで発展したロングフォーム、スポーリンのシアターゲーム、さまざまなショートフォームや演劇教育の考え方など、異なる流れが重なっていきました。
現在の日本で「インプロ」と呼ばれている実践には、複数の源流や目的が重なっています。どの源流や人物を参照しているか、舞台・教育・研修など何を目的にしているかによって、同じ言葉でも重点は変わります。
複数の系譜が交わって、現在のインプロがある
スポーリンが発展させたシアターゲームは、ポール・シルズらを通じてCompass PlayersやSecond Cityへつながりました。そのアメリカの即興コメディの歴史の中で、デル・クローズはHaroldやロングフォームを発展させ、チャーナ・ハルパーンとの協働を通じてiOの教育・上演へ大きな影響を残しました。
キース・ジョンストンはイギリスとカナダで別の系譜を発展させ、Status、Spontaneity、物語、Theatresports™などを通じて世界各地へ影響を与えました。その後も各地の実践者や劇場が、それまでの方法を受け取り、組み合わせ、問い直し、新しい形式や考え方を生み出しています。
歴史を知ると、一見矛盾して見える教えが、異なる目的、異なる舞台、異なる美学から生まれていることがあります。「インプロではこうする」と一つの言葉でまとめる前に、その考え方がどこから来たのかを知ることは、現在の実践を理解し、選択肢を増やすことにつながります。
日本インプロアーツは、歴史と源流をどう捉えるか
日本インプロアーツは、スポーリン、デル・クローズ、キース・ジョンストンの三人を、現代インプロを理解する三つの主要な源流として位置づけています。
三人には、それぞれ異なる背景、問題意識、技術、言葉、上演への考え方があります。私たちは、それぞれが何を見て、何を解決しようとしていたのかをたどります。そのうえで、自分たちの実践に戻り、どの考え方や技術が、何のために、どの場で働くのかを確かめていきます。
私たちが掲げる「ドグマ(教義)から、アーツ(技芸)へ。」という言葉にも、この姿勢が含まれています。言葉が生まれた文脈と働きを理解し、自分たちの実践の中で確かめながら、実際の場で使いこなせる技芸へ育てていくことです。
日本インプロアーツでは、三つの源流から受け取った知見を、「大地・海原・天空」という別の実践地図とも往復しながら探究しています。大地、海原、天空は三人の人物を一対一に割り当てた分類ではありません。それぞれの源流から学んだものを、他の実践、日本の文化や演劇、私たち自身の経験と照らし合わせながら育てている、日本インプロアーツ独自の実践地図です。
歴史と源流を知ることで、インプロという広い世界の中で、自分が今どこにいて、何を学び、どんな可能性をさらに探れるのかが見えやすくなります。歴史は、現在の実践を考えるための地図になります。
さらに知る・見る・体験する
インプロそのものの全体像を知りたい方は「インプロとは?」へ。
三つの主要な源流についてさらに詳しく知りたい方は、各人物ページへ。本ページでは三人の位置と関係を示し、各人物ページでは経歴、主要な著作・概念・実践を詳しく扱います。
歴史上の関係をさらに追いたい方には、アメリカ現代インプロの形成史、キース・ジョンストンの英国・カナダ系譜、さらに人物・団体・形式・概念を横断する「海外インプロ系譜マップ」を順次整備します。
日本インプロアーツが、複数の源流や技術をどのように捉え、実践と研究を往復しているのかを知りたい方は「広大なインプロの世界を深く探究し、編む。」へ。
実際にインプロを体験してみたい方は「体験する・学ぶ」へ。現在参加できるワークショップや、その先の実践・探究の入口を見渡せます。
主要な参考資料・公式情報
- Viola Spolin official site / Biography
https://www.violaspolin.org/bio
- The Second City / Viola Spolin
https://www.secondcity.com/people/viola-spolin
- The Second City / Paul Sills
https://www.secondcity.com/people/paul-sills
- The Second City / Del Close
https://www.secondcity.com/people/del-close
- The Second City / History
https://www.secondcity.com/history
- The Second City / Remembering David Shepherd
https://www.secondcity.com/network/remembering-david-shepherd
- Keith Johnstone official site
https://www.keithjohnstone.com/
- Keith Johnstone / Home / Influence
https://www.keithjohnstone.com/home
- iO Theater / About / History
https://ioimprov.com/about-us/
- Patti Stiles / About
https://www.pattistiles.com/about
- Charna Halpern, Del Close, Kim Howard Johnson, Truth in Comedy
- Charna Halpern, Art by Committee