その仕事は俳優訓練だけにとどまりません。Theatre Machineでは即興そのものを観客に見せる活動へ進み、カナダ移住後はUniversity of CalgaryとLoose Moose Theatre Companyを拠点に、Theatresports™、Gorilla Theatre™、Maestro Impro™、Life Gameなどの上演形式も発展させました。代表的な著作は『Impro』と『Impro for Storytellers』です。
海外の多くの書籍や実践・解説でも、ヴァイオラ・スポーリン、デル・クローズ、キース・ジョンストンの三人は、現代インプロを形づくった主要な先駆者として繰り返し取り上げられています。日本インプロアーツでは、こうした海外での位置づけも踏まえ、この三人を「現代インプロの三大源流」として位置づけています。
このページでわかること
このページでは、キース・ジョンストンの人物像と歩み、StatusやSpontaneity、Narrativeなどの主要な考え方、Theatre MachineからTheatresports™へつながる上演の発展、教育法、主な著作、現在のインプロへの影響を順に紹介します。
- キース・ジョンストンは何をした人なのか
- Royal CourtからTheatre Machine、Calgary、Loose Mooseへ
- Status(ステータス)とは何か
- Spontaneity(スポンタネイティ)とは何か
- 物語はActionとInteractionから動く
- Masks and Trance(マスクとトランス)
- 観客とPerformance
- Theatresports™(シアタースポーツ)と、そのほかの上演形式
- 短い指導語を「教義」にしない
- キース・ジョンストンを知るための主な本
- 現代のインプロに何を残したのか
- 誤解されやすいポイント
- さらに深く知る
キース・ジョンストンは何をした人なのか
ジョンストンを「インプロゲームをたくさん作った人」と説明するだけでは、かなり足りません。
彼が長い時間をかけて向き合ったのは、舞台に立つ人が、どうすればもっと生きた反応を取り戻し、相手と関わり、その場で人物や物語を生み出せるのか、という問題でした。
そこには、いくつもの問いがあります。
人は、なぜ最初に生まれた反応を自分で止めてしまうのか。
相手が変わると、自分の身体や声、振る舞いはどう変わるのか。
「面白いことを言おう」「独創的なことをしよう」と考えるほど、なぜ舞台上の現在から離れてしまうのか。
物語は、先の筋を考えることから生まれるのか。それとも、人と人が実際に何かをし合い、関係が変わることから生まれるのか。
観客は、出来上がった作品を静かに受け取るだけの存在なのか。それとも、観客の反応も含めて上演は変化するのか。
ジョンストンは、こうした問いに理論だけで答えようとはしませんでした。ゲーム、エクササイズ、俳優への指示、劇作の実験、公開上演を使いながら、「こうすると実際に人に何が起きるのか」を試し続けました。
そのため、彼の仕事には、一見すると矛盾しているように見える指示もたくさんあります。大切なのは、短い言葉を標語として暗記することではなく、「誰に対して」「どんな状態のときに」「何を変えるために」その言葉が使われたのかを見ることです。
Royal CourtからTheatre Machine、Calgary、Loose Mooseへ
ジョンストンのインプロは、最初から独立した「インプロの学校」として始まったわけではありません。
1956年、彼はロンドンのRoyal Court Theatreを拠点とするEnglish Stage Companyの仕事に入りました。当時の芸術監督George Devineのもとで、戯曲を読む仕事、脚本部門、教育活動、演出、Writers’ Groupなどに関わり、新しい劇作家や俳優たちと仕事をします。
この時期のRoyal Courtは、新しい戯曲、新しい劇作家、新しい演劇の形を積極的に探していました。ジョンストンも、脚本について話し合うだけでは前へ進まないときに、人物や状況を実際に演じてみること、俳優同士の関係を動かすこと、何かをその場で起こして結果を見ることへ関心を深めていきます。
1963年にRoyal Court Theatre Studioが始まると、俳優訓練としての仕事がさらに具体化しました。後に『Impro』で知られるStatus、Spontaneity、Narrative Skills、Masks and Tranceにつながる実践の多くが、この時期の教室や稽古で育っています。
やがて、こうした方法は「訓練を人前で見せるdemonstration」から、即興そのものを観客に見せるPerformanceへと変化していきます。
Keith Johnstone公式では、Theatre Machineは1967年に創設された即興集団とされています。Theresa Robbins Dudeckの批評的伝記を見ると、Royal Court周辺ですでに活動していたメンバーたちが、Expo 67への出演をきっかけにThe Theatre Machineという名前で国際的な上演活動へ進んでいった過程が分かります。
Theatre Machineは、後のTheatresports™と同じ形式ではありません。競技や審査を使うTheatresports™より前に、ジョンストンのゲーム、Status、Spontaneity、物語、人物関係の仕事そのものが、観客の前で一つのPerformanceになり得ることを試した集団です。
1972年、ジョンストンはUniversity of Calgaryへ招かれます。1975年には常勤の教職に就き、1995年にprofessor emeritusとして退職しました。
1977年には、元学生のMel TonkenとLoose Moose Theatre Companyを共同設立します。学生や実践者たちが加わったLoose Mooseは、教室で試したことを観客の前へ持ち込み、反応を見てまた変え、新しい形式を試すための重要な実験の場になりました。Keith Johnstone公式では、彼は1998年まで共同創設者・芸術監督として活動したとされています。
この流れを見ると、ジョンストンの仕事が「ゲーム集」ではなく、劇作、俳優訓練、教育、上演、劇場づくりを行き来しながら育ったことが分かります。
Status(ステータス)|関係の力学は、身体に現れる
ジョンストンの仕事で、最もよく知られている概念の一つがStatusです。
ここでいうStatusは、「社長だから高い」「部下だから低い」といった固定された肩書のことではありません。
人は、視線を合わせるか外すか、身体をどれくらい大きく使うか、どんな声で話すか、相手に近づくか距離を取るか、空間をどう使うか、といった小さな行動を通して、絶えず相手との関係を調整しています。
Dudeckの伝記が整理しているように、ジョンストンにとってStatusは、「その人が何者か」という固定的な属性よりも、その瞬間に相手との間でどんなStatusを演じているかに関わります。Statusは、相手とのやり取りの中で上がったり下がったりする、動きのある関係です。
この見方を持つと、同じ台詞でも意味が変わって見えます。
たとえば「どうぞ座ってください」という一言でも、目を合わせずに言うのか、相手を見下ろして言うのか、椅子を丁寧に引きながら言うのかで、二人の関係はまったく違って見えます。
Statusは、人物の「設定」を頭で考えるためだけの概念ではありません。身体、声、距離、空間にすでに現れている関係を観察し、それを意識的に変化させるための演劇的な入口です。
Spontaneity(スポンタネイティ)|「いいアイデア」を探す前に起きていること
ジョンストンは、自分自身の学校教育を振り返り、最初に思いついたことを退け、もっとよい答えを探すように学んできた、と書いています。
その経験を反転させるように、彼はSpontaneityを探究しました。
舞台に立つと、人は「面白いことをしなければ」「正しい答えを出さなければ」「独創的でなければ」と考えがちです。すると、相手の声や身体、自分の中にすでに起きている反応よりも、「自分はちゃんとできているか」と評価する頭の働きが強くなることがあります。
ジョンストンのSpontaneityの仕事は、そこをゆるめていきます。
目の前の相手を見る。
すでに浮かんだイメージを認める。
身体に起きている小さな動きを、すぐに止めすぎない。
「もっとよいもの」を探している間に消えてしまう反応を、いったんPlayの中へ戻す。
ただし、これは「最初に思いついたことは必ず正しい」「何も考えてはいけない」という教えではありません。
初心者が過剰な自己検閲で固まっているときと、経験を積んだプレイヤーが最初の安易な反応ばかり選んでいるときでは、必要な働きかけは違います。ジョンストン自身の教え方も、一つの指示を全員へ同じように当てはめるものではなく、相手に何が起きているかを見ながら変化していきました。
Narrative(ナラティブ/物語)|物語はAction(行為)とInteraction(相互作用)から動く
ジョンストンは、Storytellingの考え方にも大きな影響を残しました。
ただし、ここでいう「物語が上手い」は、先のPlotを素早く思いつけることとは違います。
『Impro for Storytellers』では、dramatic actionとinteractionが深く結びついています。Dudeckの伝記が原著をもとに整理しているように、人物同士の間で何かが起こり、二人のbalanceが変わることが重要です。
たとえば、一人が「町を出る」と言い、相手が「分かった」と返しただけでは、言葉は増えていても、二人の関係はほとんど変わっていないかもしれません。
しかし相手が荷物を奪う、泣き出す、扉を塞ぐ、逆に自分も荷造りを始める。そうしたActionが起きると、二人の現在は変わります。
現在が変われば、次に何をする必要があるかも変わります。
この「何かが実際に起きること」と「起きた結果を使うこと」が、ジョンストンのNarrativeを理解する重要な入口です。
『Impro』のNarrative Skills、『Impro for Storytellers』のImpro for Storytellers、Making Things Happen、Story Games、Being Thereなどは、すべて同じ一つの公式ではありません。ただ、未来の筋書きを守るより、現在の行為と相互作用から次を生む、という方向は何度も現れます。
JustificationやReincorporationも、この大きな流れの中で見ると理解しやすくなります。起きてしまったことを消さず、意味のあるものとして使う。前に現れたものが後で戻ってくることで、物語に厚みが生まれる。物語は、頭の中で作ってから演じるだけのものではなく、演じながら見つかっていくものでもあります。
Masks and Trance(マスクとトランス)|日常の「自分」だけで演じない
『Impro』の大きな柱の一つがMasks and Tranceです。
ジョンストンは、StatusやSpontaneity、Storytellingだけを扱っていたわけではありません。Masks and Tranceまで見ると、彼が俳優の身体、声、そして「自分である」という感覚そのものにも強い関心を持っていたことが分かります。
仮面をつけることで、普段の自分とは違う身体の使い方や声が現れることがある。自分で人物を作ろうとするより、「別の人物が現れてきた」と感じられることがある。
ジョンストンは、こうした現象を、日常的な自己管理だけでは説明しきれない俳優の可能性として探究しました。
この領域は、ゲームの手順だけを切り出して扱えばよいものではありません。仮面を使う実践には、身体的・心理的な配慮や指導経験も必要です。ここでは、ジョンストンの仕事全体の中でMasks and Tranceが大切な位置を占めることまでを扱います。
Audience(観客)とPerformance(上演)|観客は外側にいるだけではない
ジョンストンの仕事を理解するうえで、観客の存在を外すことはできません。
Royal Courtの教室で育った実践がdemonstrationになり、Theatre Machineとして観客の前へ出ていったこと自体が、そのことをよく示しています。
教室の中でうまくいくエクササイズと、観客の前で演劇として成立するものは、同じではありません。
観客は笑うこともあれば、黙ることもあります。息をのむことも、退屈することもあります。その反応は、プレイヤーや演出家にとって、「いま何が届いているのか」を知る大切な情報になります。
Trouble with Feedback(トラブル・ウィズ・フィードバック)とは? →
ジョンストンは、観客に迎合して簡単な笑いだけを取ればよい、と考えていたわけではありません。一方で、「芸術なのだから観客の側が理解すべきだ」と、観客を無視することにも距離を取りました。
この関心が、後のTheatresports™では、さらに明確な上演の仕組みになります。
Theatresports™(シアタースポーツ)と、そのほかの上演形式
Theatresports™は、ジョンストンが開発した最もよく知られている上演形式です。
発想の一つの源になったのは、彼がイギリスで見たprofessional wrestlingでした。スポーツを見る観客は、静かに「正しく鑑賞」する必要がありません。声を出し、応援し、判定に反応し、好き嫌いを表します。
ジョンストンは、そうした観客との生きた関係を、劇場へ持ち込めないかと考えました。
Theatresports™では、team、challenge、judge、scoreなど、スポーツの構造が使われます。ただし、重要なのは競争そのものだけではありません。観客が上演の外側にいる受け身の存在ではなく、自分の反応を表に出し、その反応がPerformanceの空気を変える関係へ入ることです。
Theatresports™は、CalgaryとLoose Mooseで、学生やカンパニーのメンバーと繰り返し試される中で育ち、やがて世界各地へ広がりました。
ジョンストンはTheatresports™以外にも、複数の上演形式を開発しています。
Gorilla Theatre™では、プレイヤーがDirectorとして場面を導く仕組みと、観客からのfeedbackが組み込まれます。
Maestro Impro™(Micetro Improとして知られる場合もあります)では、大勢のプレイヤーが一つのshowに参加し、進行とともに人数が絞られていきます。
Life Gameでは、実在するguestの人生や経験を即興Performanceへつなげます。
こうして並べてみると、ジョンストンが「競技インプロの人」だけではなかったことがよく分かります。観客と俳優、DirectorとPlayer、評価と創造、実在の人生とfictionなど、それぞれ違う演劇上の問題を、formatそのものの設計へ変えていました。
1998年5月23日にはInternational Theatresports Institute(ITI)が正式に始まり、Theatresports™、Gorilla Theatre™、Maestro Impro™などの上演権と、世界各地の実践者をつなぐネットワークを支えています。
教育法|短い指導語を「教義」にしない
ジョンストンの言葉には、短くて覚えやすく、強いものがたくさんあります。
Be obvious.
Be average.
Don’t do your best.
Don’t try to be clever.
こうした言葉だけを切り出すと、「普通でいればいい」「頑張らなくていい」「考えなくていい」という思想のように見えてしまうことがあります。
しかし、『Impro for Storytellers』のIntroductionでジョンストン自身が説明しているのは、学校教育によって止められた行為を、あえて反転してみるという発想です。
「集中しろ」と言われてきたなら、注意を分けるゲームを試す。
「先を考えろ」と言われてきたなら、次の一語より先を考えにくくする。
「真似は悪い」と言われてきたなら、互いを真似させる。
「独創的であれ」と言われて力んでいる人には、obviousであることを勧める。
不安で「ベストを出さなければ」と固まっている人には、bestを出そうとしないように言う。
つまり、短い指導語には、「その人の何を変えるための言葉なのか」という文脈があります。
状態の違う人たちへ、同じ言葉を同じ意味で当てはめれば、かえって人を固めることもあります。
ジョンストンの教育法で大切なのは、標語を守らせることよりも、目の前のプレイヤーに何が起きているかを見て、働きかけを変えることです。
Dudeckは、Keithの理論、教育法、技法、ゲーム、用語の総体を分析するために“Impro System”という呼び方を使っています。ただし、これはDudeck自身が置いた分析のための言葉です。Keith Johnstone本人が、自分の体系を公式に“Impro System”と名づけていた、という意味ではありません。
キース・ジョンストンを知るための主な本
『Impro: Improvisation and the Theatre』
1979年刊。ジョンストンを知るための代表的な著作です。
自伝的な「Notes on Myself」に続き、
Status
Spontaneity
Narrative Skills
Masks and Trance
という四つの中核的な領域を扱います。
大切なのは、この四つを別々の「テクニック集」とだけ見ないことです。Statusには人物関係と身体があり、Spontaneityには自己検閲と想像力があり、NarrativeにはActionとInteractionがあり、Masksには身体と自己の現れ方があります。
Royal Court Theatre Studioで発展した初期から中期の探究を知るうえで、現在も重要な原典です。日本語では『インプロ―自由自在な行動表現』として2012年に而立書房から刊行されています。
『Impro for Storytellers』
1994年の前身版『Don’t Be Prepared – Theatresports for Teachers』を経て、1998年にFaber版、1999年にRoutledge版が刊行されました。
Routledge版は全16章で、Theatresports、Audience Suggestions、Trouble with Feedback、Spontaneity、Making Things Happen、Story Games、Being There、Serious Scenes、Character、Technical Stuffなどを扱います。
タイトルにStorytellersとありますが、「物語の作り方だけの本」でも「ゲーム集」でもありません。
『Impro』がRoyal Court時代からの大きな探究領域を示す本だとすれば、『Impro for Storytellers』には、CalgaryやLoose Mooseで積み重ねられた、観客の前で何かを起こし、場面や人物を動かし、Performanceとして成立させるための知恵がより厚く現れています。
『Keith Johnstone: A Critical Biography』
Theresa Robbins Dudeckによる2013年の批評的伝記です。
ジョンストン本人への長期的な取材、個人アーカイブ、関係者へのインタビューなどを用い、幼少期と教育経験、Royal Court、Theatre Machine、University of Calgary、Loose Moose、Theatresports™、国際workshopまでを追っています。
ジョンストン自身の著作だけでは見えにくい、「なぜその教え方が生まれたのか」「どの場所で実践が変わったのか」「後の世代へどう伝わったのか」を考えるための重要な資料です。
ただし、伝記は本人の一次資料そのものではありません。JIAでは、本人の著作、公式資料、関係機関の記録と照らし合わせながら使用します。
現代のインプロに何を残したのか
ジョンストンの影響は、Theatresports™が世界へ広がったことだけではありません。Statusを通して人物同士の関係が身体や空間にどう現れるかを捉え、Spontaneity(スポンタネイティ)を通して、自己検閲や過剰な評価が創造を止める仕組みを具体的なゲームと指導によって扱いました。また、Narrative Skillsでは物語をPlotの計画だけで捉えず、ActionとInteractionによって現在を変化させていく実践として扱い、Masks and Tranceでは、日常の自己管理とは異なる身体、声、人物の現れ方を探究しました。
Theatre MachineとLoose Mooseでは、こうした訓練を観客の前のPerformanceへつなげています。さらに、Theatresports™、Gorilla Theatre™、Maestro Impro™、Life Gameでは、観客、評価、Director、competition、実在する人の人生などを、上演の構造そのものへ組み込みました。ジョンストンの仕事は、俳優訓練、物語、観客との関係、上演形式を別々に扱うのではなく、それらを往復しながら「即興をどう舞台芸術として成立させるか」を探り続けたものでもあります。
また、ジョンストンは長年にわたって世界各地でworkshopを行いました。彼の本やformatだけでなく、目の前の人を観察し、その人が動けなくなっている仕組みに応じて働きかけを変えるという、教師としてのあり方そのものも後の実践者へ大きな影響を残しています。Patti Stilesの『Improvise Freely』は、Viola Spolin、Del Closeと並べてKeith Johnstoneを20世紀の即興演劇を切り開いた主要な先駆者の一人として挙げ、『The Improv Handbook』もJohnstone/Calgary系、Chicago/Del Close系、Spolin系の仕事を横断して扱っています。
キース・ジョンストンは、Status、Spontaneity(スポンタネイティ)、Narrative、Masks、観客との関係、そしてTheatresports™をはじめとする上演形式を通して、俳優訓練から舞台作品まで、現代インプロの大きな流れを育てました。海外の多くの書籍や実践・解説でも、ヴァイオラ・スポーリン、デル・クローズ、キース・ジョンストンの三人は、現代インプロを形づくった主要な先駆者として繰り返し取り上げられています。日本インプロアーツでは、こうした位置づけも踏まえ、この三人を現代インプロの「三大源流」として捉えています。
キース・ジョンストンを知ることは、その一つの源流が、人と人の関係、身体の反応、未知への一歩、出来事の変化、物語、そして観客との関係を、どのように舞台芸術へ育ててきたのかを知ることでもあります。
日本インプロアーツでは、キース・ジョンストンをどう読むか
ここからは、Keith Johnstone本人の専門用語そのものではなく、日本インプロアーツ/へちゃっぷりん側の読解です。
JIAでは、ジョンストンを「失敗を気にしない人」「頑張らない人」「Be Averageの人」としてだけ読むのではありません。ジョンストンのSpontaneity(スポンタネイティ)の仕事によって過剰な自己検閲がゆるむと、プレイヤーは目の前の相手や空間からの影響を受け取りやすくなります。その影響は身体や声の変化として現れ、そこから人物として何かを行えば、相手から新しい反応が返り、関係や状況が動いていきます。そこで生まれた変化が次のActionを必要とし、人物や出来事がさらに動くことで、物語はあらかじめ決めた筋ではなく、相互作用の中から育ち、やがて観客へ届くPerformanceへつながっていきます。
このように見ると、Spontaneity(スポンタネイティ)は単に「力を抜くこと」では終わりません。過剰な自己検閲から少し離れることは、相手、出来事、物語、観客との関係へ、もう一度深く参加していくための入口にもなります。
JIAでは、この側面を考える補助線として「挑戦と物語性」という言葉を使っています。また、身体を通して相手や状況を受け取り、関係の中で自分も変化し、その変化から次の行為を生み出していく働きを、「演技的知性」という読解語で考えています。これらはKeith Johnstone本人の専門用語ではなく、彼の仕事を失敗や自己検閲の話だけで終わらせず、演劇、人物、関係、出来事、物語、観客へとつながる実践として読み直すために、JIAが置いている補助線です。
この読解は、三大源流シリーズの『キース・ジョンストンっぽインプロ』に加え、別冊『キース・ジョンストンの演劇性を取り戻す』でさらに詳しく扱います。
キース・ジョンストンの実践は、現在のJIAの学びにどうつながっているか
日本インプロアーツでは、複数の源流や実践をもとに、アドベンチャラス・インプロード™(冒険的即興道)という学びのロードマップを編んでいます。
その中の「天空のインプロ」では、キース・ジョンストンの実践を重要な参照軸の一つとしています。Spontaneity(スポンタネイティ)、Status(ステータス)、Offer(オファー)、Narrative(ナラティブ/物語)、Reincorporation(再取り込み)などを手がかりに、まだ決まっていない先へ踏み出し、人と人とのやり取りの中で変化を起こし、そこから人物や物語を育てていくことを探究します。
「天空のインプロ」はキース・ジョンストンの方法をそのまま移したものではありません。キースから多くを学びながら、スポーリン、デル・クローズを含むほかの源流や演劇実践、日本インプロアーツ自身の経験を重ねて編んだ学習領域です。
誤解されやすいポイント
キース・ジョンストンは「インプロの父」ですか?
キース・ジョンストンは「インプロの父」と紹介されることがあります。この呼び方は、現代インプロへの影響の大きさを表す言い方として理解できます。
ただし、「父」と呼ばれるからといって、彼一人が現代インプロを作ったという意味ではありません。本サイトで三大源流として紹介している通り、ヴァイオラ・スポーリンやデル・クローズを含む別の大きな源流があり、その周囲にも多くの実践者や系譜があります。
重要なのは、この呼び方自体を否定することではなく、ジョンストンがStatus、Spontaneity、Narrative、観客との関係、上演形式などを通して、何を独自に発展させたのかを見ることです。
「大人は萎縮した子供」という言葉が、Keithの中心思想ですか?
Keithの教育観を考える大切な手がかりの一つではありますが、それだけで彼の仕事全体を代表することはできません。
Dudeckの伝記では、Johnstoneが子どもを「未熟な大人」と見る代わりに、大人を「萎縮した子ども」と捉えるようになった経緯が扱われています。同時に、彼の方法はRoyal Courtのprofessional artists、俳優、劇作家、大学生、世界各地の成人へ向けて発展しました。
この言葉だけをキャッチコピーとして切り出すよりも、彼が「大人の身体、想像力、Spontaneityに何が起きている」と見ていたのかという文脈で読む方が、ジョンストンの仕事全体を理解しやすくなります。
キース・ジョンストンは「考えるな」と教えたのですか?
そう単純には言えません。
彼が問題にしたのは、頭を使うこと自体というより、「正しい答え」「面白い答え」「独創的な答え」を先回りして探すことで、現在の相手や自分の反応が見えなくなる状態です。
必要なのは知性を捨てることではなく、知性によって現在の経験を消してしまわないことです。
Be AverageやDon’t do your bestは、いつでも守るべきルールですか?
違います。
こうした言葉は、自分を評価しすぎて固まっている人へ使えば、自己検閲をゆるめることがあります。しかし、すでに雑にPlayしている人へ同じ言葉を使えば、まったく別の作用が起きるでしょう。
ジョンストンの短い指導語は、言葉そのものではなく、文脈と作用から読む必要があります。
Theatresports™が、キース・ジョンストンのインプロそのものですか?
いいえ。
Theatresports™は彼の最も有名なformatの一つですが、Royal Court時代のStatus、Spontaneity、Narrative、Masks、Theatre Machineでの上演、大学での俳優教育など、Theatresports™より前から大きな仕事があります。
さらにLoose MooseではGorilla Theatre™、Maestro Impro™、Life Gameなど、それぞれ違う演劇上の問題を扱うformatも発展しました。
“Impro System”はKeith Johnstone本人の用語ですか?
少なくともDudeckの批評的伝記で使われる“Impro System”は、著者Theresa Robbins DudeckがKeithの仕事全体を分析するために置いた呼び方です。
Keith本人が、自分の体系に公式につけた名前として扱うべきではありません。
さらに深く知る
関連書籍|『キース・ジョンストンっぽインプロ』
日本インプロアーツ/へちゃっぷりんでは、Keith Johnstoneの仕事をさらに深く読み解く『キース・ジョンストンっぽインプロ』の企画・執筆を進めています。
この人物ページでは、Keith Johnstoneを理解するための人物像、主要概念、歴史、著作、現在への影響を、日本語で最初に調べるときの第一参照として整理しています。書籍ではさらに、複数の原典と実践を横断しながら、その思想と技芸をより深く読み解いていきます。
- なぜ「挑戦と物語性」がKeithを読む重要な補助線になるのか
- 『Impro』と『Impro for Storytellers』を横断すると何が見えるのか
- 短い指導語は、どんな文脈で生まれ、どんな作用を持つのか
- 日本語へ移すことで、Keithの言葉の意味はどう変わり得るのか
- SpolinやDel Closeと比べると、何が重なり、何が違うのか
- 演劇、俳優訓練、物語、観客という視点からKeithをどう読み直せるのか
- へちゃっぷりん自身の長年の実践では、Keithの仕事がどう見えるのか
といった、体系的・解釈的・実践的な深掘りを扱います。
関連する別冊|『キース・ジョンストンの演劇性を取り戻す』
こちらは『キース・ジョンストンっぽインプロ』とは別の関連書籍です。Keithの仕事を、演劇・演技の側から読み直す論考として位置づけています。「〇〇っぽインプロ」の三人物シリーズ本体とは分けて案内します。
関連して読む
主な参考資料
Keith Johnstone, Impro: Improvisation and the Theatre.
Keith Johnstone, Impro for Storytellers.
Theresa Robbins Dudeck, Keith Johnstone: A Critical Biography.
Keith Johnstone / Keith Johnstone Workshops Inc. official materials.
International Theatresports Institute official materials.
Royal Court Theatre / English Stage Company related materials.
University of Calgary related materials.
Loose Moose Theatre Company related materials.
Patti Stiles, Improvise Freely.
Tom Salinsky / Deborah Frances-White, The Improv Handbook.
Matt Fotis / Siobhan O’Hara, The Comedy Improv Handbook.
日本インプロアーツ「キース・ジョンストン系譜|Royal CourtからLoose Moose、Theatresportsへ」。
日本インプロアーツ「『Impro for Storytellers』とは?」。
日本インプロアーツ Keith Johnstone関連原典照合・研究資料。